狩野常信(かのう つねのぶ、1636年(寛永13)~1713年(正徳3))江戸出身。木挽町狩野派2代目。通稱は三位?右近。 狩野尚信の長男として生まれ、父に畫法を師事。 1650年に父が沒したのに伴い、家督を襲名、木挽町狩野派2代目となる。さらに、叔父狩野探幽からも指導を受けて、探幽出現以來多様化した狩野派畫技の一本化や集大成を図り、更なる完成度を高めた畫家の一人で後年まで続く狩野派の畫風の礎を築いたとされる。幕府の奧絵師、禁裏御用絵師として仕え、探幽と並び當時の畫家の最高位である法印に敘されている。尚、長男に狩野周信、次男に狩野岑信、三男に狩野甫信などがいる
寒山與拾得為中國唐代高僧,舉止多奇特,被譽為文殊、普賢兩位菩薩的化身。二人飄逸之姿每每為中國及日本的禪宗寺院所屬的畫僧所繪。一般常見的是寒山握卷、拾得持帚之姿。